「せい」をアレコレ

性について(あるいは生や整や精など)について書きますよ!

女性の裸体は、イイ!

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なんていうか、幼年期に気がついたら既に、お姉さんが「うっふんあっはん」ってなってる写真が好きだったし魅入られて止まなかった。

 

私の母は産後の体が戻らず太っていて、すね毛などムダ毛はまったく剃らず痩せようとする気持ちのまったくない人でした。だから、別にすね毛なんか剃らなくてもいいし剃らないと死んでしまうわけでもあるまいという価値観(?)で育ったので、20代前半のうら若き時期をすね毛を剃らないままストッキングを履き、職場の制服のスカート姿で働いていました。今思うと恐ろしい。

 

自分はそんなんだったのに、ちゃんとムダ毛やお肌のお手入れをしっかりしているヌードグラビアの女性は小さい頃から本当に釘付けでした。今でも、いくら見ても見飽きない。

 

もちろん、男性と体を交える時はそんな私でも自然とムダ毛は処理するんです。私のすね毛ボーボーの時期は男性を遠ざけたい、というか男女交際をしたくなく、一人の時間を謳歌したいのだと思っていた時期に重なります。

 

それってどういうことかと自己分析すると、自分の中の女性と男性のスイッチを切り替える行為として実際に男性の体を模したりより女性らしい体にすることとリンクさせていたのかもしれないなと考えられるんですね。

 

男性を遠ざけたいのはどういう時期だったのか、それは失恋したてとか、同年代の男子にうんざりしていた時とか、そういう「傷のある時期」でした。

 

女性磨きしてしまうと、広い世間の中には自分に興味を持つ男性が一人くらいはいるかもしれない。そのことを無意識で知っていたので、傷を負ったうら若き時期に男性に寄ってこられたんじゃ自分はめちゃくちゃになってしまうじゃないかと恐れての自己防衛だったのかもしれない、とも考えられます。

 

男性を模した時期も、より女性らしい体を目指す時期でも、一貫して女性のヌードが好きで好きで止まない、好きで好きで仕方ないという姿勢を崩さないのは、きっと裸体でうっふんあっはんポーズが出来る魅力的な姿が理想であるからなのかもしれません。

 

それも、園児の頃から。

女たちは「自分は女である」ということを最初から自覚している生き物なのかもしれません。

 

だから、今自分から「女性」を遠ざけている女性は心の傷に気がつけるチャンスという可能性もありますね。

 

てなことを考えてみました。まさか、女性のヌード最高!という気持ちからこんな連想ゲームが繰り広がるとは思いも寄りませなんだ。

昔集めまくったテレクラとか配達アダルト映像のチラシが年末の大掃除でごっそり出てきて、小躍りしております。これからもヌードを眺め続け、ムッフフと喜ぶ人生が続くことに間違いはない。人がいる限り、耐えることのない豊かな楽しみです。

 

 

 歌川もとこ

 

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